人として生まれて来た意味

人として生まれて来た理由として、
私自身の最新の解答は、それは、
「考えるため」です。

すべての行動とは、脊髄反射的な体動以外に於いて、
自分が心の中で考えたことと、外的要因とのぶつかり合いに於いて、
その具体的事象が発生発現します。

人が何を成したか、という時、
通常はその行動そのものについて論じられる事が圧倒的に多いのですが、
行動の始まりとは思考を具現化しようとすることです。
しかし人は一人で生きているわけではないので、
その思考や行為は、常に外的要因の影響干渉下にあります。
そうしてその交流に於いて生じた事象が自身の行動の歴史となります。

世の中には、体をピクリとも動かせない病気や状況が現存します。
しかし、思考する能力があるのであれば、
それは、その思考とは、行動である、と言えます。

スピリチュアリズムに於いては、思考とその実践がすべてであり、
体が動かないのであれば、思考そのものが実践となります。
ましてや話すこと、書くことは、行動以外の何ものでもありません。
ゆえにこそ、書いたことや話したことは、世間から批判も受けるわけです。

私利私欲や商売に全く無関係な、まっとうなるスピリチュアリズムの過去文献によれば、
人は霊性を高める修行を行なうために現世に生まれてくる、
と(各時代・各場所に於いて同様の内容が)通信されています。

人は何のために生まれて来るのか。

それは、
考えるために、なのです。

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by imamadearigatou | 2018-01-21 16:28 | 理学的スピリチュアリズム

スピリチュアリズムに組織や師は必要条件ではありません。スピリチュアリズムとは自然事象に対する個人の科学的な認識の問題です。このブログの内容が1行でも参考になれば幸いです。


by 萩原俊明
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