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筋膜リリースから考える

今話題の「筋膜リリース」ってなんだ?!外来超音波診療のススメ

上の記事、面白いです。
この島の住民の方たちは運動器痛の治療に関して、とても恵まれていますね。
残念ながら今のところ、佐渡市(佐渡島)でこのような治療をしてくれるドクターを知りません。

結局はどこでもそうなのですが、「人力」しだいなんですね。
方法論はこうして、既に存在しているわけですから、
それを使える・使えない、使う・使わない、はすべて人の意思ですから。

さて、

ハイドロ・リリース(液体による癒着筋膜のリリース)動画を見てください。
リリース直後に動脈の拍動が太くなる様子が分かります。
そしてここに書かれている「膜は痛い」、という認識は重要ですね。

うちの「老化進行中患者」さんの多くは、手技療法で関節ROMを改善すると痛みも同時に消えたり軽減します。
その時に、同時にある程度のTPリリースも為されているように思います。
ただ、揺らしによる除痛は膜リリース論だけでは説明がつけ難く、現時点では、やはり神経的興奮を抑制する論が、眠気、快感、腹鳴、四肢末端の体温上昇変化、食欲発現、などの施術最中や直後の変化を考えるに、最も矛盾がないように思えます。

また私は以前から遠隔治療を行なっていますが、これは局所TPをリリースせずとも、経筋の連動可動域を広げることで、除痛&軽減が可能です。

ということで、できれば、もしもこれらのすべての治療を同時期に行なえれば、(次に起きる新イベントまでの)完治、あるいは治療の効果維持日数が相当に伸びるのではないか、と考えられます。

というのは、TPリリースだけでは、施術中や施術直後の副交感神経変化はあまり期待できないと考えるからです。
TP鍼は私も行ないますが、揺らし手技のような露骨な副交感神経現象発現は起きません。
ただハイドロ・リリースに関しては、私はその現場に居たことがないので、術中・術直後の自律神経変化は、私には今のところ分かりません。


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by imamadearigatou | 2017-09-24 11:35 | 理学的医療

新しい理学的治療の基本(6)/接触鍼、皮内鍼、トリガーポイント鍼から学ぶ認識の曖昧さ

トリガーポイント鍼療法とは、「ここがトリガーポイントである」と施術者が(患者の痛覚認識を基に対話し触診して)決定した部位に、各種の鍼を刺入・操作する、という刺激を身体・脳神経系に与える治療法です。

さて、鍼の先端部を、たとえば筋肉内にトリガーポイントが存在していたとすれば、そこに鍼を刺入するためには、SFスタートレックでおなじみの「(フォーカスされた)物質転送」行為でも行なわれない限りは、通常は、トリガーポイント部位に鍼尖が到達するまでには、ざっくりと考えても、「皮膚→皮下→皮内→筋膜→筋→トリガーポイント」という経過を通らざるを得ないわけです。

ここで私が言いたいこととは、
このような複数の(しかも発生学的にも異なる)組織部位を、同時に刺激するような行為を、
単純に、自分はトリガーポイント(だけ)を刺激している、と断じてもよいものなのでしょうか。
であれば、接触鍼や皮内鍼の効用(再現性大ありです)とは、いったいどのように関連し、あるいは関連しないのでしょうか。

私や私の仲間たちにおける臨床や、それ以外でも全国的に確認されている、トリガーポイントの存在する表面の皮膚上に、円皮鍼や皮内鍼、あるいは長谷川皮膚刺激ツール(ピソマやハペ製品など)を接触・固定するだけでも、痛みが実際に取れてしまうことの多い現実を、トリガーポイント刺入派の治療家は、どのように考えるのでしょうか。

もしも、この辺境のブログの読者で、
私や、私の数少ない仲間たちと共に、
理学派としての治療を行ないたいと思うのであれば、
たとえばトリガーポイント鍼という名目での刺入行為を見た瞬間に、
これらのことが、息をするごとく、
当たり前に想起認識され得る治療家であって欲しいと思います。

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by imamadearigatou | 2017-09-18 15:18 | 新しい理学的治療の基本

新しい理学的治療の基本(5)/理学的治療は永久更新する

遠い昔、錬金術という「行為」があったそうです。
金を人工的に合成したかったのですね。実に人間らしい発想だと思います。
当時可能であった、ありとあらゆる物理的・化学的作用を試したのでしょうね。
その結果、金は作れませんでしたが、その過程で色々な(これまで知らなかった)現象を観察することが出来たはずであり、私には、「その知見」こそが「金」だと思えるのです。

それから科学は更新を重ね、現在はダイヤモンドが人工的に造れるようになりました。
しかし、貴金属の本質とは、工業的な価値以外の価値とは、共同幻想でしかありません。
ところがまた人は、共同幻想で、死ねもするのです。
人間人生の面白さ、としか言いようがありませんが。

それはともかくとして、
昔のようなスタイルの錬金術を行なう人はいなくなりました。
その理由は、そんなやり方では金が造れない、ということが分かったからです。
つまり、有効性のないことが分かったからです。
いいですね。こういう事象は。白黒つけ易くて、分かり易くて。

そして工業科学の世界というのは、このようにして更新を重ね、100年前はもちろんのこと、最近では数年前、いや1年までは不可能でしかなかったことが、実現できるようにもなっています。
これが「更新」ということなのです。

さて、ここからは、前回の「治ることは自論の証明にはならない」の補足になるのですが、
私が東洋医学を採用しないのは、東洋医学には、この「更新」という文化と認識がないからです。
東洋医学の黎明期は錬金術同様に、その時代の限界に挑戦した、科学的行為であり思考であったと思うのですが、錬金術は科学に更新され、東洋医学は保存的ドグマとなってしまいました。
なので、東洋医学の黎明期の人たちが、現在の東洋医学の在り様を見たらびっくりすると思います。
決して喜びはしないと思います。
というのは、私は黎明期の人たちは、その時代の限界に挑戦した最新の科学者だったと思うからです。
そういう志の高い人たちが、「自分たちの現在の考え方(理論)を、未来永劫変えてくれるなよ」などと願うでしょうか。
私は、少なくとも、医療者がそのような発想になることはないと信じます。
医療者とは、どのような時代であれ、常に、患者が安全に効率良く治ることを、強く願う存在であるものだと思うからです。

ではなぜ、錬金術は科学になったのに、東洋医学は保存文化になってしまったのでしょうか。
その答えは簡単です。
錬金術では金が出来なければ、それまで、だからです。否定するしかないからです。
ところが医術には、大きな「落とし穴」が、古代から存在するからです。
それは、「人体(あるいは生命)とは、(寿命が来るまでは)基本自然治癒するよう設計されている存在であり装置である」からです。

つまり錬金術で言えば、「医術とは、(それがよほどの破壊行為でもない限りは、かなり何をしようが)金が実際に造れてしまうことが、起きてしまう行為」であるのです。

これでは勘違いもしますよね。
そして勘違いしないためには、反証的臨床の実践と、そこから事象の本質を抽出しようとする地味な作業の連続が不可欠なわけですが、そこが、科学との分かれ目なんですね。

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by imamadearigatou | 2017-09-16 20:10 | 新しい理学的治療の基本

新しい理学的治療の基本(4)/治ることは自論の証明にはならない

患者が治るという事象を以て、自分たちの治療理論や方式の正当性を信じ・語る治療者がいますが、それは違います。
「治った、だから自分たちの理論と方式は正しい」、では間違いです。

世の中には、○○治療とか○○方式といった治療法が数多く存在し、それぞれ一派を成し、そしてそれぞれの治療や方式には、それぞれの理論と、その理論の元となる概念の約束事が存在しています。
私も以前はそういった治療法のいくつかを行なっていた時期があったのですが、あるとき、ある治療法の約束事をうっかりと間違えて治療したにもかかわらず、いつも通り患者さんが治ってしまう、という事象を何度か経験し、その約束事自体に疑問を持つようになりました。

つまりこの事実は、その流派が主張している学理とは違う、
「もっと別の治病の本質が存在している」からである、
ということに他ならないからです。

そのことに気付いてからは、鍼灸だけでなく手技系治療も含め、色々な治療法の約束事をわざと無視して治療してみたのですが、それでどうなったかと言えば、
約束通りに行なっても、約束を無視して行なっても、治るときは治り、治らないときは治らない、という実に当たり前な結果だったわけです。

私はその数年に亘る「反証的臨床」から、治った時の臨床に共通する要素、治らなかった時の臨床に共通する要素を思考し、抽出し、治っても治らなくても、その事象をトータルで矛盾なく説明出来得る仮説を導くようにしたのです。
それが現在の私の理学的治療となっています。
結果として鍼灸に於いては、私の治療では、東洋医学理論は不採用としました。
ただし漢方薬に関しては、これは物質であり、ツールとして役に立つものも事実として存在しますので、そういったものは利用し、より研究を進めればよいと思います。

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by imamadearigatou | 2017-09-09 09:38 | 新しい理学的治療の基本

スピリチュアリズムに組織や師は必要条件ではありません。スピリチュアリズムとは自然事象に対する個人の科学的な認識の問題です。このブログの内容が1行でも参考になれば幸いです。


by 萩原俊明
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